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【一般民事】1000円の着服で退職金1200万円が不支給となった事例――身近な労務問題として考える信頼と処分の妥当性

  • 執筆者の写真: わたらせ法律事務所
    わたらせ法律事務所
  • 3 日前
  • 読了時間: 5分

春の訪れとともに、職場では人の入れ替わりが増える季節を迎えます。新たな門出に胸を膨らませる人がいる一方で、様々な事情から退職という選択をする方もいます。そんな中、2024年4月17日に報じられた1000円の着服によって退職金1200万円が不支給となった事案は、多くの方の関心を集めました。



たった1000円で退職金がゼロに?という驚きとともに、そこまで厳しい処分が妥当なのかという素朴な疑問を持たれた方も少なくないのではないでしょうか。


このコラムでは、群馬県桐生市やみどり市周辺で日々企業や個人の労務問題に携わる弁護士の立場から、この判例の背景や意味を解説し、私たちの地域社会における労働環境にも通じる教訓を掘り下げてみたいと思います。

 


信頼関係に基づく雇用と些細な非行の重み


この裁判の主人公は、京都市バスの元運転手である58歳の男性。2022年2月、乗客から受け取った運賃1000円を本来投入すべき精算機に入れず、自らの制服ポケットに収めたことが、ドライブレコーダーの映像から発覚しました。その後、男性は懲戒免職となり、長年勤務してきた対価として本来受け取れるはずであった約1200万円の退職金も支給されない処分を受けました。


この一連の処分について、最終的に最高裁は適法と判断しました。大阪高裁ではいったん処分が重すぎるとして取り消されていましたが、最高裁はこれを覆し、公金の着服は重大な非違行為であると明確に言い切っています。


ここで重要なのは、金額の多寡ではなく、行為の質、すなわち、どれだけ社会的信頼を損ねるものであったか、という観点です。バス運転手という職責は、安全輸送のみならず、公金の適正な処理を含めた信頼性を前提とした業務です。仮に金額が小さくとも、その行為が組織全体の信用を揺るがすものであれば、結果的に処分は厳格にならざるを得ません。

この事案からは、ちょっとくらいなら…という気の緩みが、いかに重大な結果を招くかがよく分かります。雇用契約は、法的には労働の提供と報酬の支払いという経済的な側面が重視されがちですが、実際には信頼関係という見えにくい土台が存在しています。この信頼を失った瞬間、法的にも社会的にも雇用関係は維持困難となるのです。

 


地域における中小企業でも起こりうる問題


私たちが事務所を構える桐生市・みどり市周辺においても、地域経済を支える多くの中小企業が日々、従業員との信頼に基づいた運営を行っています。私たちが相談を受ける中でも、些細な不正行為や就業規則違反がきっかけで、長年勤務した従業員との関係が悪化してしまう例は決して少なくありません。


たとえば、会社の備品を無断で持ち帰ったり、出勤記録を故意に操作したりといった行為も、金額的には微々たるものと感じるかもしれません。しかし、これらの行為は、他の従業員への示しや職場全体のモラル維持に直結するため、会社としても見過ごすことはできないとの判断を下す場面が多々あります。


地域密着の企業であればあるほど、顔が見える関係が大切にされる一方で、一度信頼を損なえば、取引先や他の従業員との関係にも影響が広がってしまいます。その意味で、法的な損害額ではなく、組織秩序に与える影響を重く見る傾向が強くなります。

さらに、退職金というのは多くの場合、就業規則に基づいて支給される任意の恩恵的制度であり、懲戒解雇が有効とされれば、その不支給もまた適法と判断される可能性が高いです。この点を誤解して退職金は当然もらえるものと思い込んでしまうと、後になって大きな不利益を被ることにもなりかねません。

 


再発防止のために必要なルールの見直しと対話


このような事件が起きたとき、企業としてはルールに則って処分したという対応だけでなく、そもそもそのような不正が生まれにくい環境づくりができていたのかを振り返る必要があります。業務が属人的になっていたり、チェック体制が形骸化していたりすれば、不正は水面下で広がってしまいます。


また、従業員側としても、仕事に慣れてくると気が緩んでしまう些細なことなら黙認されるという職場の空気に流されず、自らの行動が社会的評価に直結することを意識する必要があります。とくに地域の企業では、従業員一人ひとりの振る舞いが会社の評判を左右する場面も多く、結果的に地域全体の信頼にも影響を及ぼしかねません。


私たち弁護士は、こうした事態が起こった後に対処するだけでなく、予防のための制度設計や、就業規則の整備、職場研修のサポートなども行っています。桐生市・みどり市エリアの事業者の皆様には、日常の些細なトラブルの芽を摘むためにも、ぜひ気軽に法務の専門家を活用していただければと思います。


 

終わりに


1000円の着服で1200万円の退職金が失われた――このニュースは、一見すると釣り合いが取れていないように感じられるかもしれません。しかし、働く上で最も大切な信頼という価値が損なわれたとき、結果としてこのような厳しい判断が下されるのです。

法律は冷たく感じられることもありますが、その根底には公平と秩序の理念があります。そして、それを私たち一人ひとりが理解し、支えていくことで、安心して働ける地域社会が育まれていくのです。

些細なことだからと油断せず、日々の行動に自信と誠実さを持って、良好な労働関係を築いていくことが、私たちの地域をより健やかにしていく第一歩となることでしょう。弁護士として、皆様の歩みに寄り添い、健全な労使関係づくりを支える存在でありたいと願っています。


〔弁護士 馬場大祐〕

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