【一般民事】建築による日照・騒音被害と民法上の請求可能性
- わたらせ法律事務所
- 14 時間前
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現代社会において、住環境の悪化を訴える声は少なくありません。特に、住宅地や市街地で新たな建築物が建設される際には、周辺住民との間でトラブルが生じやすくなります。その代表的なものが「日照被害」や「騒音被害」といった生活環境への影響です。当事務所でも、住宅地に突然高層マンションが建ち、隣家の日当たりが失われたといった事例や、工場・店舗の改築により深夜まで機械音や話し声が聞こえるようになったという相談が寄せられています。では、このような被害に対して、法的にどのような手段がとれるのでしょうか。本稿では、民法上の請求可能性を中心に、実務的な視点も交えて解説いたします。
日照・騒音被害と「受忍限度」
まず前提として、私たちが社会の中で生活していく以上、他人の行為によるある程度の不快感や不利益は避けられないものとされています。民法はこの点に関して、隣接する土地の使用に伴う一定の不利益を「受忍すべき限度」と捉え、その限度を超えたときには初めて違法と評価します。この「受忍限度論」は、日照や騒音に関する紛争でも重要なキーワードとなります。
例えば、ある家の隣に高さ10メートルを超える建物が建設されたことで、冬場の日当たりが大幅に減少し、暖房費が著しく増えたという場合、被害の程度・建物の規模や距離・周辺の環境などを総合的に考慮して、受忍限度を超えているかどうかが判断されます。
騒音についても同様で、たとえば道路に面した店舗が、夜間も含めてスピーカーで呼び込みを行うような場合、周囲が静かな住宅地であればその騒音が受忍限度を超えると評価される可能性が高まります。逆に、都市の繁華街であれば、多少の音は許容されると判断されることもあります。つまり、「受忍限度」は地域の性質や被害者の生活実態によって左右される相対的なものなのです。
民法上の救済手段と損害賠償の可否
それでは、受忍限度を超える日照・騒音被害が認められた場合、どのような法的手段が取り得るのでしょうか。主に考えられるのは、①損害賠償請求、②仮処分による差止請求です。以下、それぞれの救済可能性についてご説明します。
まず、損害賠償請求(民法709条)については、不法行為としての要件を満たす必要があります。具体的には、加害者に故意・過失があること、受忍限度を超える被害の発生、そしてそれによる損害(財産的または精神的損害)が認められることが必要です。
実際には、住宅地域では日照被害について損害賠償が認められた裁判例が存在します。一方、商業地域や工業地域では、たとえ同様の被害があっても、損害賠償が否定されることも少なくありません。認められる金額としては、日照の損失1時間あたり15万円から20万円前後と認定されることもあり、必ずしも高額とは言えない水準にとどまっています。ただし、裁判上の和解や交渉の中では、一定の交渉余地は存在します。
次に、差止請求については、建築工事が今後も継続し、日照被害が甚大かつ回復困難な損害をもたらすと見込まれる場合、民事保全法に基づく仮処分によって工事の全部または一部を差し止めるという選択肢が生じます。しかし、現実には建築基準法を遵守している工事に対して、仮処分をもって差し止めが認められるケースは非常に限られているのが現状です。もっとも、仮処分を申し立てたこと自体が交渉材料となり、建築側との和解によって設計変更や施工方法の調整がなされた例も複数存在しており、完全に無力な手段ではありません。
このように、損害賠償も差止請求も、法的に一定のハードルを伴いますが、被害の状況や地域性、証拠の整備状況によっては実効的な救済が図れる場合もあります。したがって、どの手段をとるべきか、またそのためにどのような準備が必要かは、早期に専門家と相談のうえ見極めることが重要です。
早期の専門家相談の重要性
昔ながらの木造住宅が密集するエリアに、新築の分譲マンションや大型店舗が進出する事例が年々増加しています。そのような開発に伴って、「日差しが全く入らなくなった」「子どもが勉強中に騒音で集中できない」といった声が聞かれるのも事実です。
しかしながら、現実には「どうせ勝てないだろう」「相手が大手の建設会社だから」といった思い込みから、泣き寝入りしてしまう方も少なくありません。法律の知識がないままに感情的なやり取りを続けてしまうと、かえって事態が悪化することもあります。
こうしたトラブルを法的に解決するには、専門的な見地からのアドバイスが欠かせません。たとえば、測量士や環境測定の専門家による被害実態の記録、近隣の住民からの協力的な証言、設計図面の検討など、証拠の収集が早期解決の鍵を握ります。弁護士がこれらのプロセスを総合的にマネジメントすることで、交渉による円満な解決が可能になることも少なくありません。
また、裁判にまで発展することが見込まれる場合でも、事前に裁判所の判断基準や類似の判例に照らして、勝算の見込みを明確にすることで、無理な主張や徒労を避けることができます。
まとめに代えて
建築による日照や騒音の被害は、「生活の質」に直結する問題でありながら、証明の難しさや心理的なハードルから、放置されがちな分野です。しかし、民法は私たちの生活権を守るための柔軟な武器を備えており、適切に用いることで、泣き寝入りせずに済む道も存在します。
もし、現在進行形でお困りの方がいらっしゃれば、まずは事実関係を丁寧に整理し、早めに弁護士に相談されることをおすすめいたします。地域に根ざした事務所として、当事務所では、東毛地区の生活環境と慣習に即したご提案を心がけておりますので、お気軽にご相談ください。
〔弁護士 馬場大祐〕